サラリーマン行政書士の日記

本ブログは、サラリーマン行政書士である私が、本業、副業、中小企業診断士に挑戦若しくは奮闘する様及び読書記録を綴るブログです。

書評「明治維新という過ち」

吉田松陰の記述部分に興味があり読んだ。

 

吉田松陰はテロリストである。

この点については、とても興味があり、本書を手に取った理由である。

暗殺計画、脱藩、黒船への侵入等々、多くの咎で投獄されており、29歳という若さで亡くなったにもかかわらず、江戸と萩とで4度も投獄されている。

藩の兵学師範でもあり、藩主にも講義をする教育者であるのに、あまりに自由奔放で、とてもではないが「まとも」ではない。

ただ、これまで平和であったとはいえ、黒船来航、圧倒的な軍事力の差、お隣中国のありさまを聞くに、このままではいけない、今の幕府には任せておけないという風潮が日に日に大きくなっていた。

その中で、もはやなりふり構っていられないということで立ち上がったのが、明治維新の志士だと思う。

本書にもある通り、稚拙な動き、まとまりに欠けてただの盗人や賊のような者もいたかもしれない。

そのあたりは今でも変わらず、多くの人が集まると、意見の異なる者や、フリーライダーのような者もでてくる。

ゲリラ的に行動し、藩の若者たちを扇動したということについては、まさにテロリスト的であったと思う。

弟子たちにすら「落ち着いてくれ」と言われるほど過激であったということも言われており、「狂」という字がこれほど似合う人もいないと思う。 

そうであっても、明治維新が過ちであったかは別の話だし、軍国主義に向かったのが吉田松陰のせいであるという記述には、しっかりとした根拠があるものと思い、読んだ次第。

 

結論としては、そのようなことを根拠づける記述は、本書にはなかった。

明治維新は過ちであり、現代の吉田松陰像を「大ウソ」とまで断罪した挙句、その根拠についてはほとんど触れられていない。

あるのは、松下村塾玉木文之進によって創られたものであり、吉田松陰のものではないこと、木戸は明らかに門下生でも塾生でもなく、高杉晋作も「門下生」というよりは「ダチ」、と書いてある程度。

まず、松下村塾創始者玉木文之進ということは吉田松陰に関する書籍なら当たり前のように触れられているし、野山獄から出てきた松陰が、この松下村塾を引き継いで増築したことも有名な話。

そして、塾と言ってもみんなで先生の話を聞くというようなものでもなく、今でいうサロンを想起させるようなものであったことも多くの文献にある。

先生に従うというよりも、塾生個々が考えて動く、というようなもの。

だから、やはり門下生なのであり、著者の思うカチッとした「塾」の形ではなかったというだけである。

木戸孝允が門下生ではないということについては、松下村塾創始のエピソードよりもさらに一般的なので、なぜあえて門下生でもないのだと強調したのかもわからない。

逆にこれまで木戸孝允が門下生だとするような書籍があったのだろうか。

 

松陰の外交思想についても、たった二行に松陰の記述を端的にまとめて、これが彼の言う「大和魂」、稚拙である、としている。

どのような部分が、どういう理由で稚拙だったのかについては記述がなく、あまりに一方的であった。

吉田松陰について書かれたのは第3章だが、第2章までの明治維新失敗まではしっかりと書かれているのに比べて、あまりに根拠部分が薄く、トーンダウンしている。

 

今回本書を読んだ目的としては、日本を改革したリーダーとして取り上げられることの多い吉田松陰だが、テロリストとしての一面をしっかり描いた書籍であると期待してのこと。

上記の通り、期待した部分はとても残念な結果だったが、幕末の一連の動きについて、ざっくりとおさらいすることができたのは収穫。

また、吉田松陰についての記述を読みたかった為、それ以降については読んでいない。

 

 

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